「飴にヒ素、牛乳にチョーク」数千人の命を奪った悲劇も。アメリカ史に残る“ヤバすぎる”危険食品たち
食の流行には、ときにヒヤリとする教訓が詰まっている。
© Alison Dominguez
ソース/Women’s Health
著者 / Amanda Mactas
食のトレンドは、現れては消えていくもの。ジェロサラダのように懐かし枠へ旅立つものもあれば、ユニコーンケーキのように「たしかにかわいい」と納得できるものもある。2010年代初頭にカップケーキが大ブームになったり、ごはんをカリフラワーライスに置き換えたりするくらいなら、大きな問題はない。けれど、すべての食トレンドが無傷で通り過ぎるわけではない。
2022年と2023年には、高濃度のカフェインを含んでいたPaneraの「Charged Lemonade」をめぐり、米国で2件の不法死亡訴訟が起きた。体に入れるはずの食べ物や飲み物が、思わぬ形で害になり得ることを示す一例である。
アメリカ建国当時は、食品安全に関する知識も今ほど十分ではなかった。近年でも、味や話題性、大量生産のしやすさのために健康面が後回しにされることはある。ここでは、過去250年のアメリカの食文化を振り返り、とくに危険性や不健康さが問題になった食品を見ていこう。
1800年代初頭:ルバーブの葉
1800年代初頭、ルバーブはパイの材料として広まり、「パイ・プラント」という愛称でも呼ばれるようになった。茎は食べられる一方で、葉には毒性がある。第一次世界大戦中、食料不足のなかでルバーブの葉を口にした人々がおり、中毒例や少なくとも1件の死亡例が報告されたことで、その葉には“危険な食材”というイメージがついた。
1800年代:ヒ素入りキャンディ
1800年代には、化粧品や壁紙だけでなく、キャンディや食品用の着色料にもヒ素が含まれていることがあった。『L.A. Times』によると、一部のキャンディの色付けやピクルスにまで有毒化学物質が使われていたことも珍しくなかったという。品質の低い商品をごまかすため、さまざまな添加物にヒ素が使われ、その結果、多くの中毒や死亡事故につながった。海を隔てたイギリスでは、20人が死亡するほど深刻な事例も起きている。
1850〜1900年代:スウィルミルク
スウィルミルクは、ホルムアルデヒド入りミルクとも呼ばれ、1850年代から1900年代初頭にかけて残念ながら広く流通していた。蒸留所の廃棄物を与えられた牛から搾られた牛乳で、薄く青みがかっていることが多かったという。より濃厚で栄養がありそうに見せるため、販売業者は水に加え、チョーク、小麦粉、石膏などを混ぜることもあった。さらに日持ちさせる目的で、ホルムアルデヒドを加える業者もいた。
当然ながら、この汚染された牛乳は数千人規模の死亡と関連づけられている。歴史家は、1850年代のニューヨーク市における子どもの死亡の半数が、スウィルミルクによるものだったと推定している。このスキャンダルは、アメリカ初の牛乳規制や、のちの1906年純正食品医薬品法につながった。
1900年代:ラジウム飲料
1800年代後半にラジウムが初めて単離されると、多くの人がその発光性に魅了された。放射性を持つことは知られていたものの、放射線による健康リスクはまだ十分に理解されておらず、医薬品、ランプ、暗闇で光るカクテルまで、さまざまなものに使われる人気成分になった。1904年には、マンハッタンを拠点とする企業が「Liquid Sunshine」という特許取得済みのラジウム入り健康水を販売し始めた。ラジウムに関連するやけどや骨の損傷などの健康被害が記録されるようになったのは、1920年代に入ってからである。
1910〜20年代:缶詰食品
現在の缶詰食品は、安全でおいしく、なにより便利な存在。けれど1910年代当時、缶詰技術はまだ比較的新しく、製造工程の不備が命に関わることもあった。缶の密封が不十分だったり、食品が十分な高温で処理されていなかったりすると、細菌汚染が起きる可能性がある。1919年には、缶詰オリーブに関連したボツリヌス症の集団発生により、3州で18人が死亡した。
1920年代:バスタブ・ジン
バスタブ・ジンが広まったのは、アメリカでアルコールの販売と製造が禁止された禁酒法時代のこと。とはいえ、人々が完全にお酒を断ったわけではない。多くの人が自家製の酒や密造酒に手を伸ばし、そのなかには有毒な工業用アルコールを原料としたもの、あるいはそれに汚染されたものもあった。結果として、失明、麻痺、死亡を含む中毒被害が広がった。
1950年代:テレビディナー
1950年代、スワンソン社の影響でテレビディナーが一気に存在感を増した。ただし当時の冷凍ワンプレート食は、健康的とは言い難かった。便利ではあるものの、多くはナトリウム、トランス脂肪酸、高度に加工された原材料を多く含んでいた。近年の研究では、超加工食品を頻繁に食べることが、子どもの体脂肪の増加や心血管・代謝系リスクの上昇と関連する可能性が示されており、多くのブランドがレシピの見直しを進めるきっかけにもなっている。
1960年代:人工着色料
1960年代後半、FDA(アメリカ食品医薬品局)は、一般的な食品着色料である赤色3号の食品、化粧品、医薬品への使用を認可した。この着色料は、マラスキーノチェリーから黄色いライスまで、実に幅広い食品に使われてきた。赤色3号を含む人工着色料は、潜在的な健康影響をめぐって長く精査されており、赤色3号については実験動物でがんとの関連を示した研究もある。FDAは2025年、食品および経口薬での使用認可を取り消した。
1970年代:チクロ系甘味料
1960年代半ばまでに、アメリカでは人工甘味料が大流行し、ダイエット食品や飲料の定番成分になっていた。なかでもチクロは、市場でもっとも人気のある甘味料のひとつだった。しかし、ラットの膀胱がんを含む動物実験で有害な影響が見つかったことから、安全性への懸念が浮上。アメリカでは1970年に食品への使用が禁止された。
1980〜2000年代:トランス脂肪酸
20世紀半ばから2000年代にかけて、バターや牛脂などに含まれるコレステロールや飽和脂肪への懸念が高まるなか、トランス脂肪酸は広く使われるようになった。食品メーカーやファストフードチェーンは、部分水素添加油やマーガリンを、より健康的な代替品として宣伝したのである。
しかし近年、研究によって人工トランス脂肪酸が心血管疾患のリスクを高めることが示され、FDAは食品供給から人工トランス脂肪酸を排除する取り組みを進めてきた。脳卒中や2型糖尿病など、ほかの健康問題に関与する可能性も指摘されている。
1990年代:オレストラ入りチップス
1990年代、Frito-Layのような大手スナックメーカーは、オレストラという成分を商品に取り入れた。オレストラはカロリーゼロの脂肪代替物で、体に吸収されず消化管を通過する仕組みだった。その結果として起きたのが、下痢、腹部けいれん、膨満感、ガスなどの胃腸症状である。2010年代半ばまでにLay'sは自社商品からオレストラを取り除いた。なお、この成分は現在もアメリカではFDAにより認可されている一方、カナダやEUでは食品への使用が認められたことはない。
1990〜2000年代:スーパーサイズ化したファストフード
1990年代から2000年代初頭にかけて、アメリカのファストフード店や一般的なレストランでは、巨大なポーションサイズが一気に広まった。研究では、2005年時点で、ファストフード店、チェーンレストラン、コンビニエンスストアの提供量が、それ以前の数十年と比べて2〜5倍にまで大きくなっている場合があると報告されている。研究者たちは、こうした大きなポーションが、アメリカで肥満率が上昇した要因のひとつだと指摘している。
2000年代:フォー・ロコ
一時期人気を集めたアルコール飲料「Four Loko」は、2005年にアメリカで登場し、すぐに「缶入りブラックアウト」という異名を取るようになった。麦芽飲料にアルコール、カフェイン、その他の刺激物を組み合わせた商品で、多数の救急搬送を招き、公衆衛生当局やFDAからの監視も強まった。カフェイン入りアルコール飲料の危険性をめぐる圧力と警告が重なった結果、同社は2010年にレシピを変更し、刺激物を取り除いた。
※この記事は、Delish USの記事を翻訳・編集し、ウィメンズヘルス日本版が掲載しています。
From: Delish US